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妄想のつづき2


えーと。。。
何度も言いますが、これはフィクションです。
デタラメです。
ふとした思いつきから膨らました妄想です。

*************

四国放浪の足取りも残っていないという、
なんとも腑に落ちないところへ持ってきて、
突然、唐に渡っちゃったっていう展開も
スゴイ!強引!あっぱれ!

では、どんな経緯で唐に渡ることになったのか
妄想すると・・・・・

<仮説1ペテン師説>の場合、
四国を放浪しているうちに、カリスマ坊主になるためには
唐帰りというハクをつけないと!と思いついた空海は
どうにかして唐へ行きたかった。
しかし、大学も中退し、僧といっても得度(国の認定)も受けてない
フリーターの空海がいきなり遣唐使に選ばれるわけがない。
どうにかして遣唐使船に潜り込んだのではないか。。。
密航・・・とか。
密航でなくとも船員として潜り込んだ・・とか。

空海が潜り込んだ船には霊仙が乗っていた。
<空海が空海となったキーマンは霊仙ではないか・・・>

そして、船は唐に着く。のだが、海賊疑惑をかけられ
50日間拘束される。とある。

そのころの中国では
景教、仏教、ゾロアスター教、道教など
様々な宗教が混在していた。

インドから来ていた般若三蔵という僧が崇福寺や慈恩寺で
華厳経典や密教経典など多くの仏典の漢訳をしていた。
霊仙は般若からサンスクリット語を学び、仏教原典を研究する。
<後に霊仙は三蔵という称号を得る>
こんな名誉ある人物が、なぜ歴史に埋もれてしまったのか。。

空海は霊仙にうまく取り行って、
一緒に般若三蔵のもとでサンスクリット語を習ったのか、
単なる霊仙の下男としてくっついていっただけだったのかもしれない。

ここで過ごすうちにいろいろ小耳に挟んだ情報が後々役に立つ。
例えば、般若三蔵が信仰していたのは元はキリスト教だった「景教」。
(旧約聖書と般若心経は同根だと言っていた。)
この辺りで、きっと空海はイエス誕生の話を聞いたのでは?
だから、受胎や死後の再来のように似た話を作ったり、
不空三蔵の生まれ変わりってことにしよう!とか思いついたり。
この辺りでインド直伝の幻覚を見る覚せい剤とかも入手していたのかもしれない。

そうこうしているうちに
混在する宗教をミックスさせた密教がナウいという情報をキャッチする。
さっそく空海はその密教の第一人者である恵果のもと(青龍寺)へ学びに行く。
学びに、と言っても正攻法ではいけるはずもない。
自分は日本の特使か高僧だとか言って取り入ったのかもしれない。
(恵果と偶然出会う・・・んなあほな。。※恵果との経緯は要検証)
   恵果は不空三蔵の弟子
   このとき恵果は60歳

恵果と会って1ヶ月もたたないうちに密教伝授の儀式を受けたり(眉唾)
その、2ヶ月後には恵果から密教最高位の法王を譲り渡されている。(眉唾)
1000人以上も弟子がいるのに。
みんな20年以上も修行を積んできてるのに。
・・・・。
恵果が亡くなる時に空海に、
「請う本郷に帰って、海内に流転すべし‥‥今すなわち授法のあるなり」
と言い残した。。とあるが、
とっとと日本へ帰るためのでっち上げにしかもう思えないほど
私の心はひねくれきってきた。

当初、跡目と考えていた一番弟子(義明)も都合よく死に、←前後要確認!
多くの経典や法具をごっそり持ち帰る。
どう考えてもおかしい。
(崩壊させて根こそぎ盗んできたのじゃないかと思う)←Xあとで交流あり
(要※その後の真言密教を調べる)

ここで<仮説2>が浮かぶ。
空海別人説。

この頃の唐の皇帝は長男を失って
ちょっと頭のネジが数本飛んじゃった憲宗。
霊仙はその憲宗に認められたのはいいけれど、
あまりに霊仙が深く研究しすぎたので国外へ知識が流れるのを嫌がって
霊仙の帰国を認めなかったくらいだ。

なのに、たった数ヶ月で数々の貴重な国の宝を持ち出すことなんて
できたのだろうか。ルパン三世じゃあるまいし。

空海が持ち帰ったもの
空海は、新訳などの経すべて142部247巻、梵字真言讃などすべて42部44巻、
論疏章などすべて32部170巻、以上合計216部461巻に及ぶ経 典、仏典を筆写、
蒐集して持ち帰った。ほかに仏・菩薩・金剛天などの像、法曼荼羅、三昧耶曼荼羅、
そして仏具・道具類などもあった。
このために空海は大勢 の写経生を雇い入れ、それはあたかも写経工場のようなものだったはずだし、
仏像の制作に至っては多種類の工場を、一時的ながら空海は稼働させたことになっ たはずだ。
金属製の仏具を改めて鋳造・彫金しなければならないから、空海が雇った仏師や画工は、
下働きを含めて数百人といった規模になったのではないかと みられる。
(ソースhttp://rekishi-club.com/gunzou/kukai.html)


これだけのことができたのは、長年恵果の元で修行していた
恵果の弟子達にしかできない。
それもひとりじゃ無理だし仮に大勢の人を雇ったとして、その費用は?
約2ヶ月で?

恵果(746~805)は、幼少時に出家し当初から青龍寺に入り聖仏院の曇貞を師とする。その後不空に師事し、20才で「具足戒」を受け『金剛頂経』系の密法を受法した。2年後、善無畏門下の玄超から『大日経』系の法を授かった。30才の755年、青龍寺東塔院に潅頂道場を下賜され、宮中内道場の護持僧に任じられた。789年には、日照りに際し請雨法を修し徳宗の帰依を受けた。802年病をえて愛弟子義明に後事を託し、804年般若三蔵の醴泉寺に金剛界曼荼羅を造り、般若ほか諸大徳が法筵に随喜した。その時請雨を修しその功顕があったという。
(ソースhttp://rekishi-club.com/gunzou/kukai.html)


恵果がこれだけかかったものを2ヶ月足らずで伝えたというのは
仮に空海の頭脳がずば抜けていたにしても、非現実的すぎる。
脅威の記憶術(虚空蔵求聞持法)を身につけていたとしてもだ。
ここを突っ込んだ人はいないのだろうか・・・。

さらに、中国(唐)の宗教事情要検証

<考察1>
カリスマ性のあった恵果を失うと真言密教は唐では衰退していくのでは・・・
恐れた弟子が活動拠点を日本へ移そうとしたんではないか。

中国事情参考
845年に武宗が強行した「会昌の廃仏」は西明寺を含む4ヵ寺を残し
90十を超える仏教寺院をことごとく破壊し、青龍寺もまた容赦ない法難に遭った。
幸い、翌年「護国寺」として復興し、855年にはもとの青龍寺と呼ばれるようになった。
この年円珍が長安に入り、青龍寺で法全に師事している。
(ソース:http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-life/cat35/post-145.html)


つづく。。。




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2012⁄06⁄23 22:29 カテゴリー:*Diary comment(4)
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sakuraさん、歴女だったんだw(゚o゚)w

突き詰めていくと面白いかも!
長く楽しめる趣味になりそうだよね。
私は参加できそうにないのが残念(^^;)

2012/06/24 00:04URL | たま[ 編集]


>突き詰めていくと面白いかも!

でそでそ!
でも、この辺が限界かも(^-^;;

>私は参加できそうにないのが残念(^^;)

いえいえ、遠慮しないでご一緒に♪

2012/06/24 18:42URL | sakur@[ 編集]


唐代の仏教状況などすごく詳しくお調べですね。
私は単純に「ハッタリ性格の空海は密教に相性が良かっただけ」と今まで思っていました。

ちなみに、密教は最初、インドで仏教がヒンズー教に押され衰退してきた時に生まれたそうです。

「仏教には秘密の教えがある。その秘密の呪文を唱えれば望みが叶う、その秘密の教えは秘伝を受けたうちらしか知らないから有り難がるように」と対民衆アッピール力を最大化しようとして誕生し、これが、チベット→中国→日本と伝わるにつていよいよ利益誘導超能力演出に磨きがかかって出来た宗派と私は思っています。

2012/06/25 14:41URL | スーリン[ 編集]


>スーリン
まさに、そう!そう!
でも、某N○Kの特集とか、京都とか高野山のお寺とかみると、今でも多くの人が崇拝している偉大な歴史上の人物を、ちょろっとネットを漁っただけの浅知恵で、ペテン師だのって言うのがゴニョゴニョだったんだけど、スーリンが簡潔に言い切ってるのみて、めっちゃスッキリしました!
これで、遠慮する事なくラスト編もアップしちゃおっと。。まだやるきか/(☆_<)
2012/06/25 16:14URL | sakur@[ 編集]



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